CONDITIONING MAGAZINE

洞ノ上浩太 vol.3 ここからが本当の戦いになる

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【vol.3】 ここからが本当の戦いになる。

2016年の夏にひとつの大きな戦いを終え、現在は『2020年東京パラリンピック』という大きな目標に向かって動き始めた洞ノ上選手。次のステージへ向かうため、「一度リセットして新しいチャレンジをする」という大きな決断を下した。Vol.3では、高みを目指すトップアスリートの熱い想いを聞いてみた。

年齢を重ねた今こそコンディショニングが重要

――これからのことを教えてください。目指すものは?

「2020年の東京パラリンピックでメダルを獲ること。そのために、すべてをリセットしたいと考えています。これまでやってきた経験や蓄積してきたものもあるのですが、東京パラリンピックまで4年ありますし、一度ゼロベースに戻して見つめ直そうと思っています。」

――なぜ、そう考えたのですか?

「リオ パラリンピックが終わって落ち着くと、『このままではダメだ』と気づきました。若手もどんどん出てきたし、何より今は車いす陸上の世界が劇的に進化しています。ついて行くためには、新たなチャレンジが必要なんです。ぼく自身も年齢を重ねてきてこれまでと同じ練習方法では効率が悪いし、カラダも悲鳴を上げてしまう。レースにピークを合わせるコンディショニングも、これからはもっと重要になると感じています。」

――具体的に取り組まれていることはあるんですか?

「データ分析を取り入れようとしています。これまでもレースの状況など自分で書き残していたのですが、今回はデジタルに得意な人に任せてもっと細かくデータ化し、そこから大会当日に最高の状態で戦えるよう分析して毎日のトレーニングに落とし込んでいきます。今までやったことのない取り組みなので、ぼく自身が理解できないことも起こると思っていますが、今より競技力を上げるためには自分の想像を超えたチャレンジをしなくてはいけない。初心に戻って、いろいろ取り入れてみたいですね。」

 

――4年後には新しい洞ノ上選手が見られそうですね。

「ここからが本当の戦いですよ! 車いすマラソンは経験を活かせる競技。まだまだ成長できると信じています。」

レースを観て「自分もがんばろう」と思ってもらえるように。

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――2016年に車いすマラソンチームを立ち上げました。

「車いすマラソンの選手たちと一緒に練習することが多くなって、せっかく集まるんだったらひとつのカタチにしようと作りました。チームになれば選手同士で情報交換しやすくなるし、個々で活動するよりまわりからのサポートも得やすくなると思ったんです。それに、車いすマラソンは歴史が浅く、指導者の数もまだまだ少ない。経験してきたぼくが、若い選手たちに伝えられることもあると考えました。チームのキャッチコピーは『田舎から世界へ』。選手たちはみんな、世界大会でのメダル獲得を目指していますよ。」

――経験豊富な洞ノ上さんと練習できれば若い選手は躍動できますね。

「若手の成長は、競技が発展するために欠かせません。その中で切磋琢磨できれば、ぼくも進化できます。また、競技力を上げるためには、競技人口を増やしていくことも重要です。ぼくがすすめて車いすマラソンを始めた選手から『この競技に誘ってくれてありがとうございます』と言われることもあるのですが、そのときは『ぼくに感謝するより、他の人に車いすマラソンの楽しさを伝えて自分が感謝される人間になりなさい』と返しています。そして、2人以上にすすめてほしいとも。1人が2人を誘えば、競技人口は増えていきますからね。」

――車いすマラソンは魅力的なスポーツ。もっと多くの人に楽しんでもらいたいですね。

「事故でケガをして、人生のどん底を味わいました。そして、この競技と出会って、夢や目標を持つことができた。ぼくは車いすマラソンに感謝しています。その恩返しとしても、この競技を広め、競技力を上げて発展させたい。そして、車いすマラソンで日本のみなさんに感動やパワーを与えたいんです。『あいつらが車いすでがんばっているから、自分もがんばろう』と少しでも思ってもらえるように。これからも走りつづけていきます。」

文/浦山まさみ

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【PROFILE】


洞ノ上 浩太 HOKINOUE KOUTA

1974年、福岡県生まれ。

バイク事故による脊髄損傷で25歳から車いす生活に。車いすマラソンと出会い、2002年大分国際車いすマラソン大会ハーフの部でデビュー。

2006年極東・南太平洋障害者スポーツ大会のフルマラソンで金メダルを獲得し、2011年には車いす陸上フルマラソンの日本記録を樹立する。

パラリンピックには、2008年北京、2013年ロンドン、2016年リオに出場し、入賞を果たしている。


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